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2015/08/17(月)

チーム

斎藤隆選手 記者会見

斎藤隆選手 記者会見

本日8月17日(月)、斎藤隆選手が今シーズン限りで引退することを発表いたしました。

斎藤隆選手 プロフィール

■斎藤隆選手 コメント

斎藤隆選手 記者会見

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斎藤隆選手 記者会見

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斎藤隆選手 記者会見

斎藤隆選手 記者会見

斎藤隆選手 記者会見

斎藤:本日は急な報告にも関わらず、たくさんの方にお集まりいただいたことに感謝申し上げます。それから球団の関係者の皆さまに、こういった場所を提供していただき、重ねて感謝申し上げます。私、斎藤隆は、今シーズンをもってユニホームを脱ぐ決断をしたことを皆さまにお伝え致します。長い野球人生でしたが、色々な想いもありまして、今シーズンで、このような形で引退を決意いたしました。今は非常に晴れやかな想いでいます。

記者:現役引退を決意されるに至った決定的な出来事・要因、誰からの言葉などありましたか?
斎藤:1つということではないですが、いくつか要因があります。その中で、現在チームがこのような状況の中で、自分自身も一軍でチームの力になれていない現状、そこに至っていないと判断されている自分のパフォーマンス。色々な意味で、引き際というのは今ではないかと感じ、この会見に臨んでいる次第です。

記者:思ったようなパフォーマンスが発揮できないということですが、きっかけになった試合・場面などあったのでしょうか?
斎藤:この打席、このマウンドというのは特にパッと思い浮かぶものはないのですが、ただジワジワと来ていたことだけは間違いないと思います。

記者:本当に重い決断だったと思いますが、その決断に至るまでの心の動き・葛藤など、いかがでしたか?
斎藤:横浜を去ることになり、マイナー契約からですが、メジャーを目指して。その時にすでに自分がどう野球を終えようかというスタートだったと思います。色々な時に常に何かあれば“このマウンドが最後になる”という意識だけは、どのプレイヤーよりも強く意識していたと思います。本来であればもっとボロボロになるまで行くことも可能だったかもしれないですけど・・・。簡単に死という言葉を使うのは良くないですが、よく死に際という話をされる方もいますが、自分の場合はそれよりも引き際という想いですね。楽天に入団させていただく経緯の中で「自分がやれるだけやっていただいて結構です」という話を社長からいただいていて、その意味がどんどんどんどん重みを増して来たのも事実です。それから若い選手も伸びて来ています。チーム状況など、様々な想いがあっての今日なのだと考えます。

記者:ご家族とは話をされましたか?
斎藤:家族には報告しています。毎年シーズンを迎える前に、“もしかしたら今シーズンで。もしかしたら今シーズンで。”と、8年・9年と妻には言い続けてきました。彼女が一番覚悟をしていた一番身近な人だと思っていましたが、誰よりも言葉に詰まっていました。支えていてもらった感謝の想いと僕が知らない苦労を彼女もしていたのだろうと、その涙で感じました。

記者:チームメイトには伝えましたか?
斎藤:全員には難しいですが、投手陣には連絡できたと思います。一番、最初に稼頭央には連絡をしました。今日も控え室に、練習を終えた投手陣が何人か来てくれました。ただ今はシーズン中なので、監督・コーチ・スタッフ、全ての方々に、このタイミングになったことをご理解いただければと思います。

記者:松井稼頭央選手とはどのような話をしましたか?
斎藤:昨日、焼きそばを焼いていたことは知っているのですが(笑)。僕が一方的に報告をした感じですかね。「お疲れ様でした」と言ってもらいましたが、先ほども言いましたが、シーズン中ですので、ゆっくり、全てが終わった時に酒でも飲みながら話が出来ればと思います。

記者:自身の原点である仙台で現役を終えられることに関して、縁のようなものは感じますか?
斎藤:プロ生活としても様々な想いがありますし、生まれ故郷と言いますか子供の頃からを考えると、40年近く野球を続けて、半分以上は宮城・東北の地で野球をしているので・・・。振り返ればこの会見がとんでもなく長くなりそうなので、一言ではなかなか表せない感情があります。

記者:一人の選手として、故郷で終えることに関する喜びはありますか?
斎藤:こんなに幸せなことはないと思います。振り返れば良い想い出ばかりではないですが、こんなに恵まれた野球人生を送れることは、プロに入った時もどんな時もこんな風に終われるとは思っていなかったので、本当に幸せですね。

記者:地元にはたくさんの仲間がいると思いますが、お話はされましたか?
斎藤:周りの方に相談するときっと止められるかな、止められるとブレるなと思ったので、ほとんどと言うか、全くと言っていいほど相談していないです。報告すらまだしっかりとした形で出来ていないので、本当にたくさんの方、今まで携わっていただいた方々に、ご無礼を許していただければと思います。

記者:以前アメリカ時代に引退を考えたこともあると伺いました。その時はお兄さまにメールを送られたという話を聞きましたが、今回はいかがでしたか?
斎藤:実家へ行った時に、たまたまみんな揃っていまして。両親と2人の兄、いとこがいまして、良いタイミングでパッと。「このタイミングかよ」という感じで言われましたが、報告は出来ています。

記者:お兄さま達の反応はいかがでしたか?
斎藤:長男は「まだやれるんじゃないの?」みたいな感じで、次男は「今シーズンそんな感じがしていた」と、全く逆の反応でした。

記者:少し早いですが現役生活を振り返って、頭にまず浮かぶシーンはありますか?
斎藤:本当に長いので1つと言うのは難しいのですけど、やはり勝ったとか優勝したという想いもあるのですが、それ以上に辛かったことの方がたくさん思い出してしまいます。それが自分を支えてくれていたと思うし、その悔しさで自分はマウンドに立てていたと思うし、トレーニングをするにしても、マウンドに上がるにしても、自信になっているものも自分を形成している1つですが、私の半分以上は悔しさと打たれたことで支えられていると今は思っています。やっぱり辛かったことの方が・・・、そう聞かれれば色々な想いが出てきますね。

記者:今後に関して、お考えになっていることはありますか?
斎藤:辞めることの決断をしたのがつい先日と言ってもおかしくないぐらいのことで、妻に報告したのも先週のことです。そこからどなたに相談することもなく、この場所にいるので。こうしてお話をさせていただきながらも、いまひとつ実感というか・・・、正直そんな感覚を持っています。先のことを言われても、自分から野球以外のものは考えられないので、何かしらのお仕事をいただければ、きっと野球を通じてということは当たり前といいますかそうなって来ると思いますので、今の段階ではそれぐらいしかイメージがなく、そもそもそういったお仕事をどの程度、どういった形でいただけるかも想像もつかないので、これからゆっくりと色々な方に。野球界という本当に大きな大きな世界において、違う形で出ることになるので、不安の方が大きいです。まだ何も決めていないですし、決まっていないですし、ゆっくり慎重に決めたいと思います。

記者:アメリカに渡られた時、お気に入りの英語のフレーズ“Today is a new day.”がありますが、今はまさにそんな心境でしょうか?
斎藤:メジャーに行ってから野球を通じて、素晴らしい言葉をかけていただいたり、学びましたが、その言葉も凄く気に入っている1つですね。

記者:楽天での3シーズンを想い返していただいて、印象的なシーンはありますか?
斎藤:入団会見の時は晴れの日で、自分自身も希望に満ち溢れ、なおかつ優勝まで、突然海外から来て優勝させてもらって。そして3年目になりますが、今日は不思議と雨なので。それを思うと自分の野球人生を大きく変えてくれた方が何人もいる中で、そのうちの数人の方々はこの世にはおられない方々もおられるので、そういうことで言うと、見ていてくださったのかな、と思います。

記者:地元の選手ということで、斎藤選手のファンも多いです。震災から5年を迎えることになりますが、今後、宮城・東北にどのような形で関わっていきたいとお考えですか?
斎藤:今の段階では難しくて、何かしらの形で皆さまにお世話になった分、色々な形で恩返しをすることはお約束させていただきます。ただ自分がどういった形で、どのように、何をすべきか、まだ明確には答えが出ていないので、これからゆっくりとそういったことをしていこうと思いますので、温かく見守っていただければと思います。

記者:最後にファンにメッセージをお願いします。
斎藤:本当に長い野球人生になりました。すべての私の野球人生に携わっていただいた方に、この場をお借りして感謝を申し上げたいと思います。本当に幸せな野球人生を送ることが出来て、誰よりも今、幸せに思っております。今後も何かの形で皆さまにお世話になると思いますけど、今日は引退の報告ということで、ご報告させていただきます。それとともに感謝の気持ちも述べさせていただきます。本当にありがとうございました。

■三木谷浩史(代表取締役会長 オーナー)コメント

斎藤隆選手の活躍なくして、2013年のリーグ優勝・日本一達成は成しえなかったと思います。若い選手たちの模範として、チームを支えてくれました。日米で培った経験をチームに還元してくれたことは、貴重な財産です。そして、ともに掴み取った栄光の記憶は色褪せることはありません。24年間、お疲れ様でした。

■立花陽三(代表取締役社長)コメント

3年前、私が代表取締役社長に就任させていただいた年に入団され、優勝を成し遂げるために、そして東日本大震災からの復興のシンボルとしてご尽力いただき、豊富な経験と野球に対する想いで、チームを優勝に導いていただきました。また、若手の見本となる姿勢、積極的なアドバイスなど、プレーだけではなく、チームに多大なる貢献をしていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。斎藤隆選手、本当にお疲れ様でした!

■星野仙一(シニアアドバイザー)コメント

田中もそうだけど、隆がいなかったらあの日本一はなかった。