野村克也元監督が2020年2月11日(火)午前3時30分、永眠されましたことをご報告いたします。享年84歳でした。
東北楽天ゴールデンイーグルスでは2006年から4シーズン、監督を務めていただき、2009年には球団史上初のクライマックス・シリーズ進出を果たしました。多くの若い選手の育成にもご尽力いただきました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
野村さんの突然の訃報に接し、残念で仕方がありません。
野村さんには2006年より4年間、チームの監督として、球団史上初のクライマックスシリーズ出場だけではなく、楽天イーグルスの土台を築いていただきました。
楽天イーグルスには野村さんにご指導いただいた指導者がたくさんおります。
野村ノートをはじめとして、野村監督が教えてくださったこともしっかり継承して参ります。
監督・選手・スタッフ・職員一同、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
なんとも言えない。言葉にならないです。信じられない気持ちです。
(しばらく沈黙して)僕の中ではすごくかけがえのない、人生にいろいろな影響を与えてくださった方なので感謝の気持ちでいっぱいです。
(お亡くなりになられて)本当に残念です。
(絞り出すように)たくさんありすぎて・・・。残念です。寂しいです。
このような自分でしたが、本当にいろいろなことを教えていただきました。
監督の息子でもある克則さんとも一緒にやらせてもらっている(ことにも縁を感じています)。
しっかり頑張りたいと思います。
いろいろと影響を与えてもらった方なので、その分をしっかりやっていく。自分なりに頑張りたいと思います。
非常にショックですし、残念なニュースです。野村監督にドラフトでくじを引いてもらって、入団した時も野村監督が監督で。
今ユニフォームを着ていられるのも、野村監督にプロ野球の"いろは"を教えてもらったからこそだと思っているので、本当に残念です。
あまり褒められた記憶がなくて、いつも怒られたイメージしかないですが、一度新人の時、褒めてくれたというか、ねぎらってくれた試合があって、そのときのことは忘れられないです。
去年の暮に野村監督にお会いした時に、「野村監督が(楽天イーグルスの創設)2年目から監督に就任されて、チームの礎を築かれたと思うので、その意志を引き継いで良いチームにしていきたい」と話させていただきました。そのときは口調もはっきりして、元気そうだったので安心していたのですが・・・。
やはり感謝しかないです。野村監督のおかげで今プロ野球の関係者でいられると思うので、感謝の言葉しか見つからないです。
ショックです。非常に残念です。
朝のミーティングで聞きました。
プロの世界でどうやって生きていけばいいか、この世界での戦い方を教えていただいたというのが一番の思い出です。
「野球は頭のスポーツだ。よく考えて野球をしろ」というのは常々言われていました。
(指導者としては)選手各々の個性をしっかり見ること、各々がどうすればいいかを考えながら野球をやってもらえるように教えていきたいですし、自分もそれを心掛けているので、この年まで(選手として)やってこれたと思っています。
ありがとうございました(と言いたい)。
良い伝統というのは引き継いで、野村監督の教えも引き継いで、これからも野球をやっていきたいと思います。
非常に残念という気持ちです。(最近は)テレビでしかお見掛けする機会がなかったので、(お亡くなりになられたという)実感がないです。
野球選手としての僕は野村さんがいなかったらなかったと思います。悪いときでも試合で使ってくれたのは野村監督でした。そういう点で、感謝を言っても言い切れない気持ちです。教えていただいたことはいっぱいあります。野球はもちろんですが、人間性の部分も、人としてしっかりしなさいということも口すっぱく言われていたのが印象的です。
そうですね。僕の年代(の選手・コーチ)は野村さんの教えで育ってきたといっても過言ではないですから。やっぱりそういう頭で、そういう目で見てしまう部分はあると思います。それを選手に言うか言わないかは別ですが、そういう考え方は頭にこびりついていますね。
表現しきれないくらいの恩人ですから、やはり感謝の言葉と、「お疲れさまでした」を伝えたいです。